『工数管理の極意』発刊に寄せて。理想と現実の間で格闘する理由

近々、私の著書『工数管理の極意』が発刊されます。
この本は、システムエンジニアとして30年、経営者として20年、現場の最前線で格闘してきた経験から生まれた一冊です。
エンジニアの仕事は、一生懸命に知恵を絞り、汗をかいても、その「価値」が周囲に見えにくい性質があります。
頑張っている人が、頑張っている分だけ正当に評価される仕組みを作りたい。
そんな願いから、私は「数字」という名の、最も優しく誠実な共通言語を模索してきました 。
しかし、発刊を前にして、私は皆さんに正直に伝えなければならないことがあります。
それは、「著者である私の会社でも、工数管理は未だに試行錯誤の連続である」ということです 。
1. 現場で向き合っている「仕組みの不具合」
本書では、工数を可視化することで公平な評価ができると説いています。
しかし、実際に運用していくと、人間の防衛本能と仕組みの不備がぶつかり、時に「ギクシャク」した摩擦が生まれます。
今、私たちが向き合っているのは、次のような「仕組みの不具合」です。
① 情報の抱え込み:
慣れた仕事を早くこなせるようになると、その工数が個人の「利益」に見えてしまい、無意識に情報を独占したくなる心理。
【解決策の方向】→ 教えたことや共有したことを評価する体制。形式知化に対して工数という形で還元
② 教育への躊躇:
「新人を教える時間があるなら、自分の手を動かした方が売上(評価)になる」という合理的な判断が、未来の資産である若手の成長を阻んでしまう矛盾。
【解決策の方向】→ 教育費を分配する仕組み、割合をどうするかで解決できる可能性。
③ 仕事の選り好み:
効率よく数字を上げようとするあまり、難易度の高い挑戦よりも、短時間で終わる「簡単な仕事」を優先してしまう現象。
【解決策の方向】→ 難易度の高いものには実工数以上の係数を掛ける
④ スピード至上主義による品質低下:
「時間=売上」を意識しすぎるあまり、丁寧な仕上げや確認を疎かにして、品質が低下してしまう傾向 。
【解決策の方向】→ 品質保証員を設けて対応できる可能性。ただし品質保証員にどうインセンティブを渡すのか検討が必要。
⑤ 受託開発の構造的問題:
顧客への追加請求が難しい「後から判明した必要機能」の作業に、どうやってエンジニアの価値を付与するかという難題。
【解決策の方向】→ 営業費からの捻出。営業担当者にその工数を認識させ、次回で補填する?
⑥ 見えない工数問題:
受注前にエンジニア同伴での打合せし、その後に失注した場合にエンジニアの行動に売上を付与できない問題。
【解決策の方向】→ 営業費を割り当てる。
⑦ 社員の退職と不具合の連鎖:
長期プロジェクトの途中で担当者が退職し、後からその機能に不具合が見つかった際、既に予定工数が消化されており、後任の作業をどう評価すべきかという深刻な課題。
【解決策の方向】→ 特別メンテ工数を出す。予定工数ではなく実績工数より割り当てるような仕組みの方がいいか?
⑧ AI活用のジレンマ:
生成AIで生産性が上がった分、「部下に振るより自分でやった方が早い」とリーダーが仕事を抱え込んでしまうジレンマ。
【解決策の方向】→ 仕事を部下に振る事でより他の仕事に取り組めるようになるというインセンティブ。ディレクター報酬?
⑨ 入力コストの心理的負担:
日々の10分の手間が現場にとってはノイズとなり、ストレスとして蓄積していく問題。
【解決策の方向】→ 手間をどう簡略化するか。ゲーミフィケーションなどの導入で入力することが楽しくなるような仕組み化。
⑩ リーダーによる工数設定の危険性:
自ら作業をしながらチームの数字も管理するリーダーが、自身の作業に工数を甘く付けてしまうという公平性の欠如。
【解決策の方向】→ プロジェクト会議で常に多数の合意を得て工数を設定する仕組み
誤解しないでいただきたいのは、私はこれらの行動をとる社員を責めたいわけではありません。
むしろ逆です。
「真面目に、合理的に動こうとすればするほど、組織全体の利益と矛盾してしまう」。
そんな現在の仕組みの未熟さを、経営者として申し訳なく思っています。
2. なぜ、それでも「数字」を磨き続けるのか
正直に言えば、こうした摩擦に直面するたびに、「数字で測るなんて無理だから辞めようか」と頭をよぎることもあります。
しかし、それでも私がこの道を突き進むのは、経営者や上司の「感覚」による曖昧な判断こそが、最も現場に不公平感を与え、皆さんの不満を生むと感じているからです。
たとえ今は不完全であっても、「共通の物差し(数字)」があるからこそ、私たちは感情論に逃げることなく、「どうすれば教育する人が一番報われるか」「どうすれば予期せぬ不具合にもチームで立ち向かえるか」を、誠実に対等に話し合うことができるのです 。
3. 2年間の旅を、社員の皆さんと一緒に
本書の中で、私は「導入から定着までの最初の2年は、試行錯誤の連続である」と書き添えました 。
弊社もまだ、その旅の途中にいます。
AIの進化や現場の変化という壁にぶつかるたび、修正を繰り返し、物差しを磨き続けています。
たとえば、「品質の低下」を防ぐために、新たに「第三者による品質保証(QA)」というルールを構築しようとしているのも、その一環です。
工数管理は、皆さんを縛るための鎖ではありません。
口下手でも、アピールが苦手でも、着実に成果を出している人が正当に報われ、光を浴びるための「スポットライト」であるべきだと、私は信じています。
完璧な完成などありません。
あるのは、より良い組織を目指して、皆さんと「物差し」を調整し続けるプロセスだけです。
来年発売予定の本書は、私が正解を持っていると誇示するものではなく、皆さんと共に「人間主義経営」を体現していくための、不器用ながらの決意表明となります。
これからも、数字という共通言語を使いながら、社員の皆さんと本音で向き合い、共に成長していきたいと願っています。
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