暗黙知から形式知へ:自社の「頭脳」を作る生成AI活用法

更新:2025年12月23日
私は以前の記事で、AI導入は「AIそのもの」以外の部分で挫折するというお話をしました。
今回は、その中でも最も地味で、最も重要な課題である「ナレッジ(知識)の壁」について掘り下げてみます。
「うちも生成AI導入したけど、結局メール作成にしか使えてない」
「社内の具体的な業務には、ほとんど役に立たない」
このような声を、耳にしたことはありませんか?
実は、AIプロジェクトの約半数は実験段階で終わってしまい、実際の業務で継続的に使える状態にまで至っていないそうです(※1)。
その最大の原因は、AIの性能ではなく、「社内の知識がAIに渡っていない」というシンプルな問題です。
では、なぜ高性能なAIが、社内では力を発揮できないのでしょうか?
今回は、AI導入の最大の壁である「ナレッジ(知識)の壁」を乗り越え、生成AIを真に実務で使える戦力に変えるための戦略をお話しします。
※1 出典:ガートナー「生成AI導入実態調査」(2024年)
1. 生成AIの致命的な限界:「社内情報の欠損」
生成AIが活用できるタスクには明確な限界があります。
それは、AIの知識源が一般論やWeb検索で得られる情報に偏っているためです。
例えば、一般的な契約書のドラフトや業界のトレンドを尋ねればAIは得意ですが、「過去のプロジェクトの進め方」や「特定の顧客への請求ルール」など、企業の核となる社内情報が必要なタスクには、一切答えられません。
なぜなら、AIは社内情報を知らないからです。
MITメディアラボによれば、生成AIから大きな価値を得ている企業は、わずか5%程度に過ぎません(※2)。
その主な原因は、社内データの整備不足とされています。
※2 出典:Forbes JAPAN「わずか5%の企業がAIで成功:広がる価値格差と勝者の戦略」
■ 失敗事例:営業部門でのAI活用
・状況:営業チームが生成AIで提案書作成を試みる
・問題:過去の成功事例や顧客の特殊要件がAIに入っていない
・結果:一般的な提案書しか作れず、結局手作業に戻る
・損失:AI導入費用とトレーニング時間が無駄に
■ 成功事例:ナレッジベースを構築した製造業
・企業:中堅製造業A社(従業員200名)
・取り組み:
① 過去10年分の技術ノウハウをドキュメント化
② ベテラン社員のOJTを動画で記録
③ RAGシステムで生成AIに統合
・効果:
→ 新人の育成期間が6ヶ月→3ヶ月に短縮
→ ベテランへの質問時間が70%削減
→ トラブル解決時間が平均40%短縮
2. 知識の正体:水面下の「氷山」をどう引き上げるか?
この「社内情報の欠損」という技術的な壁を破るには、まず「知識とは何か」を理解する必要があります。
知識を氷山に例えるなら、水の上に見えている部分(形式知)は、マニュアルやデータといったごく一部です。
しかし、水面下に隠れている大部分(暗黙知)は、個人の経験や勘に基づくものです。
企業で最も価値があるのは、この「暗黙知」であり、これが形式知化され生成AIに取り込まれない限り、生成AIの恩恵は受ける事ができません。
実際、企業の保有する知識のうち、約80%が暗黙知として 個人の頭の中に眠っているとされています(※3)。

■SECIモデルで知識を進化させる
この暗黙知を形式知に押し上げ、AIの燃料に変えるための戦略が、SECI(セキ)モデルという知識創造のスパイラルです。
一般的に私たちは、以下のプロセスで知識を形式知化していると言われています。
① 共同化: 経験を共有する(会話、OJT)
② 表出化: 経験を言語化・図式化する(文書、マニュアル化)
③ 連結化: 形式知を組み合わせて新しい知識にする(データベース化し共有、ルールの統合)
④ 内面化: 体系化された知識を個人が習得する
そして、再び① 共同化へ戻る。
このSECIモデルのスパイラルを繰り返すことが、組織の知識をAIが使える資産に変えるための、最も地道で、最も重要なDXとなります。

3. AIに社内知を語らせる「RAG戦略」
SECIモデルで形式知化された知識は、最新の技術であるRAG(Retrieval-Augmented Generation)として生成AIに順次取り込むことで、生成AIを社内情報にアクセスさせる「頭脳」に変えることができます。
RAGとは: 外部の知識と切り離し、社内の専用データだけを参照して回答する仕組みです。
その結果、社員は「過去のプロジェクトのノウハウ」や「特定の顧客への請求ルール」など、社内に関する質問を生成AIに投げかけ、瞬時に回答を得られるようになります。
4. 【実践】社内でAI×ナレッジ戦略を始める3ステップ
この戦略は、一度にすべてを実現する必要はありません。
以下の3ステップで段階的に進めることをお勧めします。
■ ステップ1:暗黙知の洗い出し(1-2ヶ月)
やること:
・ベテラン社員が持つ「勘」や「コツ」をリストアップ
・頻繁に聞かれる質問を収集
・過去のトラブル事例と解決方法を整理
具体的な方法:
・ ベテラン社員へのインタビュー実施
・ 社内Q&Aの記録収集
・ 「業務で困ったこと」アンケート
目標:
50件以上の「暗黙知」をリスト化
■ ステップ2:形式知化の推進(3-6ヶ月)
やること:
・リストアップした暗黙知を文書化
・動画マニュアルの作成
・業務フローの図解化
具体的な方法:
・ テンプレートを用意して記入負担を軽減
・ 音声入力やAI文字起こしを活用
・ 「知識貢献」を評価制度に組み込む
目標:
月5-10件のペースで形式知化を継続
■ ステップ3:RAGによるAI統合(開始から6ヶ月~)
やること:
・形式知化されたドキュメントをRAGシステムに投入
・社員がAIに質問できる環境を構築
・フィードバックを元に継続改善
具体的な方法:
・ RAG対応のAIツール導入(ChatGPT Enterprise等)
・ 社内専用のAIチャットボット構築
・ 定期的な精度チェックと更新
目標:
社員の80%が週1回以上AI活用
5. 未来の競争力は「知識創造の文化」が握る
AI時代において、企業の競争力は「AIツールを持っているか」ではなく、「どれだけ早く、組織の暗黙知を形式知化し、AIに学習させられるか」という知識創造の文化にかかっています。
この地道なナレッジマネジメントの推進が、生成AIを単なるツールではなく、企業の未来の価値を生む戦略資産に変える強力な自社の頭脳となります。
【参考文献】
・※3 Botkin & Seeley(知識管理研究)、野中郁次郎・竹内弘高「知識創造企業」(SECIモデル)
・ガートナー「Gartner Survey Finds Generative AI is Now the Most Frequently Deployed AI Solution in Organizations」
・ガートナー「Gartner Predicts 30% of Generative AI Projects Will Be Abandoned After Proof of Concept by End of 2025」
・マッキンゼー「The State of AI in Early 2024」(2024年)
・野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』 ・Botkin & Seeley(知識管理研究における暗黙知の推定) ・IPA「DXレポート」
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知識管理とAI活用について:
• 暗黙知を資産に変える!中小企業のための形式知化IT戦略
https://trans-it.net/news/post_122.html
より詳細な形式知化戦略
• AI導入の失敗学(1):なぜ95%が失敗するのか?「100%精度」を求めない成功戦略
https://trans-it.net/news/post_89.html
形式知化された知識をAIに学習させる戦略
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暗黙知の形式知化・知識の可視化を実現した実績について:
• 【自社課題解決事例】タスク連動型 エンジニア工数・製造原価管理システム
https://trans-it.net/works/post_31.html
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• 【愛知の橋梁事業者様】分散していた情報を統合するプラットフォーム構築
https://trans-it.net/works/post_44.html
複数のWebサイトに散在する情報を一元管理
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